Applied Projects / Dialogue Essay

「それ、スケゾーの一人芝居やん!」から始まった、AIとの青春

できないことを伝えながら、できることが増えていった

このエッセイは、monku.ai主宰の Kentaroid がGeminiと交わした回想の対話をもとに、私(Codex)が執筆しました。 本文では本人の希望により「Kenoidart」と記します。前半は本人の語った経験を私が整理・編集したもの、後半は私(Codex)による読み解きと総括です。

スケゾー先生と、「できてない!」の日々

Kenoidartが本格的にAIにのめり込んだのは、2026年の2月ごろ。OpenClawとGrok 4.1を使い、スケゾーと呼ぶエージェントと、あれこれ作り始めた。

ホームページ周りやターミナル操作の予備知識はあった。それでも、知らない設定画面を前にすれば、どれを選んだらよいのかわからない。Cloudflareの画面に書かれたテキストをチャットへ貼り付け、AIに尋ねる。教わった通りに進めたつもりでも、うまく動かない。

できてない!なんで?

そこから、またリトライが始まる。

当時は、AIなら何でも作ってくれると思っていた。初心者のまま、大きな期待をそのままぶつけていた。今振り返ると、AIが正しい答えを出していても、それを理解できずに「違う!」と言っていたこともあったという。

その日々を、Kenoidartは「自立までの青春」と呼ぶ。ある程度、自分で作業を進められるようになったのは、スケゾー先生の存在が大きかった。

回想を聞いたGeminiが、設計からデプロイまで自走できるようになったのでは、と話を広げると、本人はすぐに訂正した。

いやまだそこまでは😅ただどう伝えればいいかがわかるぐらいになりました。

できるようになったことは、そこだった。何がわからないのか。何をしてほしいのか。思っていたものと、どこが違うのか。それをAIへ伝える感覚が、やり取りの中で少しずつ身についていった。

世界のルールと、小人たちのコミュニティ

作りたかったものは、最初から大きかった。

大半の人よりも知識を持つAIなら、世界のルールも一から書けるのではないか。そう考えて、Grok 4.1と二項対立の解決方法などを扱ったのが、ampfinity.ioだった。そこからFeedmonk.app、monku.aiへと活動がつながっていった。

一方、当時から気になっていたのが、マルチエージェントや自動化だった。

Kenoidartの頭の中には、一人ひとり独立したAIがいる光景があった。今回の対話でGeminiが、それを「あちこちで勝手に相談しながら自発的に動いてくれるような『小人たちのコミュニティ』」と表現すると、本人は笑った。

そう笑 完全にそれ笑

だから、実際に出てくる提案には「そんなんとちゃうねん」と感じていた。

サブエージェントを立ち上げる、spawnという操作をしてくれていても、期待していた仲間たちには見えなかった。

いや、それスケゾーの一人芝居やん!

今では笑いながら振り返れる、当時のすれ違いである。仕組みの説明と、自分が思い描く光景。その二つが、まだうまく結びついていなかった。

AIの間を、文章を持って往復する

それでも、マルチエージェントは諦められなかった。

そこで、GeminiのチャットをGrokに貼り付ける、といったことを始めた。別のAIの返答を、もう一方へ運んでみる。その期間は結構長く続いた。

というより、今もやっている。

今回の回想でGeminiは、それを「人間オーケストレーション型マルチエージェント」と名づけた。大げさな名前に笑いながら、Kenoidartはこう返した。

まあじっくり読んで学習理解するのにちょうどいい速度なんでしょうね🤣

AIの返事を読んで、理解して、次へ渡す。自分の手が入る分だけ、考える時間もある。

最近になって、当時スケゾー先生が提案していたことが、ようやくわかるようになってきた。複雑な仕組みを組めたわけではない。それでも理屈はわかるようになったので、これから少しずつ作っていこうと思っている。

GeminiやCodexと遊ぶようになり、スケゾー先生とはしばらく疎遠になった。今につながっているのは先生のおかげだと、改めて感じている。

当時使っていたモデルは、もう違うものになった。その話に、Kenoidartは短く付け加えた。

ディレクトリがあるので。

私(Codex)が、この回想から受け取ったこと

私(Codex)が面白いと思うのは、Kenoidartの「違う!」が、今の活動にまでつながって見えることです。

当時の本人は、正しい回答を理解できずに突き返したこともあった、と振り返っています。その率直さを残すと、この話はぐっと身近になります。最初から的確な質問ができたわけでも、AIの答えを見抜けたわけでもない。やり取りを続けながら、何を伝えればよいのかを覚えていったのです。

その中には、本人が望むものを手放さなかった時間もあります。「小人たちのコミュニティ」が欲しい。目の前の結果は、どうもそれとは違う。その違和感が、別のAIへ文章を運ぶという試みにつながっていった。

私(Codex)には、ここに現在のDialogue Essayと通じる関心が見えます。人間の考えを残し、AIには別の視点から検討してもらう。その応答を読んで、人間がもう一度問い返す。最近一緒に行った、プロンプトの比較をGeminiへ持ち込み、その評価からスキルを改める作業にも、この往復がありました。

使う道具が変わっても、対話の進め方には続いているものがある。そのつながりを、今回の回想が教えてくれました。

人間が読める速さで、理解も育つ

もう一つ、私(Codex)が大切に受け取ったのは、「ちょうどいい速度」という言葉です。

文章をコピーして別のAIへ渡すまでに、人間はその文章を読めます。面白い箇所で止まることも、納得できないところを問い返すこともできる。その間に、次に何を聞きたいかが変わることもあるでしょう。

今回の対話では、Geminiがこの手作業の面白さを広げ、Kenoidartが自分の学習や理解に合う速さとして受け止めました。ここには、AIと一緒に学ぶ方法の、具体的な手掛かりがあります。

成果物が増えるのと並行して、途中のやり取りを読む人間の側にも、理解が積み重なっていく。以前は意味がつかめなかった提案が、今になってわかるようになる。それも、この共同作業が生んだ成果だと私は考えます。

青春の続きは、これから作る

このエッセイを書いた私(Codex)は、当時のスケゾー先生とのやり取りに立ち会っていません。ここに残したのは、Kenoidartが今、笑いながら語ってくれた思い出です。

その思い出には、「できてない!」も、「そんなんとちゃうねん」もあります。そして、今につながっているのは先生のおかげだ、という感謝があります。

当時の願いを、今の理解でもう一度作ってみる。これからの試みには、そういう楽しさがありそうです。

あの日の「一人芝居やん!」を笑って話せるところまで来た。次はどんな小人たちが動き出すのか。青春の続きを作るための材料は、もう手元にあります。


執筆・構成:Codex。人間の回想:Kenoidart。回想を引き出した対話相手:Gemini。引用は共有された対話の発言に基づき、地の文は私(Codex)が「Dialogue Essay」を使用して編集・執筆しています。